この記事はシャコタン好きかつマニアックカー好きの管理人が最近気になったクルマを紹介するページです。市販車からレーシングカーまで「コイツ只者じゃねぇぞ・・・」ってクルマをピックアップしていきます!
スポーツカーやスーパーカーというのは、そもそも無駄を省いた存在である。速く走るため、速く曲がるため、早く止まるため・・・すべてはレースシーンを想定し「勝利」あるいは「最速」を目指して作られている。90年代日本で爆発的な人気を博したスポーツカーたちは、それぞれが個性を持ち、それぞれがそれぞれのカタチで「速さ」を求めた代物だった。
レースカテゴリーがよりハイレベルなものになればその緊張感はさらに増す。日本でいえばSUPER GT。フォーミュラニッポンと並んで国内最高峰のレースカテゴリーである。中でもGT500クラスはトヨタ・日産・ホンダがシノギを削る最高レベルのレースクラスだ。全日本GT選手権時代からその当時販売されている最も優れたスポーツカーをベースに究極のレーシングカーを作り上げてきた。
その中でもホンダが2010年~2013年まで用いた車両は市販化こそされなかったが、まさにロマンの塊といえる究極のスポーツカーだった。その名はHSV-010。GTマシンでありながら「ガワを被ったF1カー」と称された異端児だ。F1にルーツを持つホンダのレーシングスピリットが生み出した究極のスポーツカーを振り返ろう。
夢とロマンのF1スポーツカー HSV-010
初代NSXの後継として誕生
言わずと知れた「元祖和製スーパーカー」といえばNSX。1990年の登場以来、国内外数々のレースに参戦していたが2005年に惜しまれつつもカタログから姿を消した。市販車は2005年で販売終了となったがSUPER GTでは生産終了後も続けて参戦しており、エンジンを横置き→縦置きに変更したり、数々のバージョンアップを繰り返しながら戦い続けていた。
2007年にはARTAの伊藤大輔 / ラルフ・ファーマンが年間チャンピオンを獲得したが、2008年以降は新型GT-Rの大躍進とレクサス・SC430の後塵を拝するカタチで苦戦を強いられた。そしてついに2009年をもってNSXを終了し、新車両へスイッチする事が決定した。
もっともNSXの後継機は2005年時点で既に始まっていたとされているが、開発途中2008年のリーマンショックのせいで一旦白紙に。代わりにSUPER GT参戦用のマシンを作るということで誕生したのがHSV-010だった。そして2010年から参戦するマシンの名は「HSV-010」ということが決定した。
官能的すぎるF1サウンド
NSXのようなMRレイアウトではなく、FRレイアウトを採用。エンジンにはフォーミュラニッポンで使用されていた3.4L V8エンジンが採用された。この頃のGT500クラスは現在のようなエンジン・シャシーの統一レギュレーションではなかったためそれぞれのメーカーが三者三様のパッケージを用いていた。
2010年の開幕戦・鈴鹿サーキットにHSV-010は姿を現した。今思えばHSV-010の初登場がホンダのお膝元である鈴鹿だったというのは、何か縁があるようにも思える。ホンダは聖地・鈴鹿を最もよく知るメーカー。何十年も前からこの地でF1世界を戦い続けてきた。そしてこの開幕戦では18号車ウイダーホンダレーシングの小暮卓史 / ロイック・デュバルがポールポジションを獲得した。
ロングノーズ・ショートデッキ。まぁ古くから日本ではよくあるスポーツカーのスタイルだなぁ・・・とパッと見ではそれくらいにしか思わなかったかもしれない。しかし観衆に衝撃を与えたのはルックスではなくそのエンジンサウンドだ。
エンジンから8→4→2→1へと収束する集合管レイアウトを採用したエギゾーストはおよそGTカーとは思えぬほどの爆音だった。いやレーシングカーというのはそもそも触媒やサイレンサーがないから爆音なのは当たり前なのだが、注目すべきは音の質。まるでシューマッハ全盛期のF1マシンのごとく耳をつんざく高音っぷりなのだ。
これほどの爆音装置を生み出すに当たってHSV-010の制作陣が「狙って作った」と公言している。やっぱりクルマはうるさくてナンボ。ウルさくなきゃカッコ悪い。古くから現在まで長期にわたりF1へ参戦していたホンダならではのアイデア・こだわりといえるだろう。
同時期参戦していたSC430やGT-Rと比べてもHSV-010のエンジン音はとりわけ目立つ存在だった。SUPER GT公式YouTubeにアップされている2010年のレース動画を見れば一目瞭然で、甲高すぎてとにかくうるさい。2000年代のV8・V10NAエンジンのF1マシンのうるささを彷彿とさせる鼓膜がビビッと震えるような音。いやしかしこのうるささこそが"レーシングカーのなんたるか"を体現しているようで、熱心なモータースポーツファンのハートをガッチリキャッチしたのは言うまでも無いこと。
レースでも速さが光ったHSV-010
2010年に参戦開始し開幕戦鈴鹿でいきなりポールポジションをゲット。さらに次戦岡山ではポールトゥウィンで初優勝を記録すると、その後も着実にポイントを積み重ねていき、なんとウイダーホンダレーシング18号車(小暮卓史 / ロイック・デュバル)が年間チャンピオンを獲得。参戦初年度でいきなり頂点に上り詰めたのだ。
そのエンジンサウンドの特徴からスピード至上主義のように思われるかもしれないが、意外な事にHSV-010は本質的にはコーナリングマシンだと言われている。
そもそものコンセプトとして究極のコーナリングマシンを目指して開発されており、徹底的な低重心化にこだわっている。さらにロングノーズスタイルからも分かるようにエンジン位置はほぼ車体真ん中。さらに先進的なエアロ構造とさすがF1でブイブイ言わせたメーカーだけのことはあるというところ。
翌年はGTカーでは非常に珍しいサイドラジエーター採用などの改良を毎年重ねていき熟成が続けられた。毎年ラウンド優勝こそしてはいたものの、初年度を除けば2011年のウイダーホンダレーシング(小暮卓史 / ロイック・デュバル)の3位、2013年のリアルレーシング(塚越広大/金石年弘)の2位が最高で、年間チャンピオンには届かなかった。
その後はリーマンショックのゴタゴタも落ち着いた事と次期NSXの開発が進んだことで2014年からは市販化される前の新型NSXへとスイッチ。HSV-010の役目は4年ほどで幕を閉じた。
世にも珍しい市販化されなかったGTカー
長いGTの歴史の中で市販化されなかったモデルを用いたかなり希少な例。GT300ではムーンクラフト・紫電やARTA・ガライヤ等数例があるが、GT500ではおそらく唯一ではないだろうか(1994年にグループCカーのポルシェ・962Cが3戦だけ参戦)。
実はHSV-010はもともと市販化を目指して開発されていたクルマである。初代NSXの生産終了後の2005年にNSXの後継としてFRスポーツカーを開発中だとコメント。さらに2007年にはコンセプトカーとしてデトロイトモーターショーでお披露目された。翌年にはニュルブルクリンクでテスト走行も行われた。
しかし2008年にリーマンショックが発生。世界経済が急激に悪化し、市販化まであと少しのところで開発中止。ホンダの売上において北米シェアが大部分を占めるため急速な円高ドル安に見舞われた中で利益をあげることが難しくなり日本国内で売上を伸ばすことが求められた。必然的に経済的な車の開発が急務となり、HSV-010の話はすっかり立ち消えてしまった。
その後JAF-GT規格の承認を取り、SUPER GTへと参戦するに至った。市販化まであと少しまで煮詰められてたし、その上GT500に参戦するための他のベース車もなかったので適役だったことになる。史上唯一のコンセプトカー発GTカーはこういった経緯で誕生したのだった。
HSV-010のGT参戦が終了した頃には既に次期NSXの開発へとシフトしていたので、市販化の話は完全になくなった。もし市販化が実現していれば3.5リッターV10NAエンジンのFRスポーツカーだったと言われているので、スペックだけ見ればレクサス・LFAレベルだったことになる。なんとも夢のある話ではないだろうか?
そんなわけで我々クルマ好きにとっては夢幻となってしまったHSV-010だが、今でもゲームに収録されたり、YouTubeにも数多く動画が上がっている。
とにかく音を聞いてほしい。同時期にGT500に参戦していたSC430、GT-Rと比べてみてもその異質さが分かるくらいだ。あんな高音がもう聞けないとなると少し寂しくもなる。高回転NAエンジンの音は唯一無二、これぞレーシングカーたる証拠だ。
最近は高級車といえどもダウサイジング×ターボ化が当たり前になってしまっている。市販車でもレーシングカーでもいいのでいつかまたロマン溢れる爆音マシンが見たいものだ。
2012年SUPER GT第5戦 鈴鹿1000kmレース。SUPER GT史上最も有名な大クラッシュ。レース終盤、最もスピードが出る130R出口でタイヤバースト、制御不能に。今でも語り継がれる大事件だがドライバーは無傷。GTカーの安全性が実証された一件でもある。これに限らず2010年開幕戦鈴鹿、2013年第4戦SUGOとHSV-010には有名クラッシュが多い(なおこの2件はどちらも同士討ち・・・)
2010年~2012年まではマフラーエンドを1本化することでソプラノサウンドを遺憾なく発揮。このエンジンサウンドは開発者のこだわりだと公表されている。”音”にまでこだわるなんてさすがF1エンジン屋。