BMW M3、メルセデス・ベンツ 190E Evo、アルファロメオ 155・・・
市販車の皮をかぶったモンスターたちがガソリンをまき散らしてサーキットを駆け巡っていた、荒々しくも華々しい時代。
数々の名車たちが激戦を繰り広げてきたドイツツーリングカー選手権(通称:DTM)は、今までにない大きな改革を経て新たなステージへ移ろうとしています。
そして新たに開設された新たなカテゴリー、DTMトロフィー。
今、世界中で話題を呼び、人気沸騰中のDTMとDTMトロフィーについて解説していきます。
2021年から大きく変わったDTM
1984年から始まったドイツツーリングカー選手権(通称:DTM)は2021年に史上最大の大改革が行われた。
自動車メーカーの相次ぐ離脱
これまでDTMはクラス1規定車両を用いて競技が行われていたが、相次ぐ参戦メーカーの離脱により、2021年からはGT3規定車両のみで競われることに。もともとDTMはBMW、メルセデスベンツ、アウディ、アルファロメオ、オペルなど名だたるメーカーが参戦していたが、2020年までにBMWとアウディ以外すべてのメーカーが離脱。
DTMの面白みとは「メーカー同士の対決」にある。ライバルがライバルに勝つために、より速いクルマを作ろうとする。あまりにもシンプルすぎる理屈が生む熾烈な競争がレースを面白くしてきたのは言うまでもないこと。
相次ぐ離脱が起こった理由は開発コストの高騰だ。クラス1車両はいわば市販車の皮を被ったモンスターマシン。部品のほとんどがワンオフオリジナルでレース専用であるため非常に高価。また市販車ではないのでイチからレーシングカーを作らないければならない。そのため大量の時間と金額を開発やテストに費やさなければならない。
マシン開発及びレースに参戦するためのコストは年々上昇傾向にあり、中には資金不足から満足にテストをできないチームもいる。より速いクルマを作ろうと思えば、より多額の資金と時間が要求されることは言うまでもない。
コスト削減の一環としてSUPER GT GT500クラスとの車両レギュレーション統一化も行われたが、それも及ばぬカタチに。結局、アウディが2020年をもってDTMを離脱すると発表したことを発端に、ルールの大改革を検討する次第に至ったワケだ。
GT3車両で競われる新生DTM
なぜGT3車両が採択されたのかというと、コスト抑制と車種の豊富さに要因がある。
GT3車両はクラス1車両とは違い市販車ベース。売っている車両をレース専用マシンへ仕上げていくのだから、ゼロから作り上げるクラス1車両よりも開発費を大幅に抑えることができる。SUPER GTを例に挙げると、GT500(クラス1)車両は本体のみで約1億~2億円と言われている。対してGT300(GT3)車両は約5000万円ほどだ。車両本体だけで半分以上のコスト削減というわけだ。
またGT3規格の車両を作っているメーカーは非常に多い。フェラーリ 488、マクラーレン 720S、メルセデス AMG、ランボルギーニ ウラカンなど、これら全てGT3に該当する。車両が豊富な事は参戦の間口を増やせるだけでなく、メーカー間の公正な開発競争へもつながるため、競技性と技術発展の両立が望めるという利点もある。
【2021年DTM参戦車両一覧】
アウディ:アウディ R8 LMS Evo
BMW:BMW M6 GT3
フェラーリ:フェラーリ 488 GT3 Evo 2020
ランボルギーニ:ランボルギーニ ウラカン GT3 Evo
マクラーレン:マクラーレン 720S GT3
メルセデス-AMG:メルセデス-AMG GT3 Evo
ポルシェ:ポルシェ 911 GT3 R
2019年に交流戦も行いSUPER GTと足並みをそろえて「さぁこれから」というときに起こった大改革。
DTMはかつてのような盛況を取り戻すことが出来るのだろうか?
新シリーズ『DTMトロフィー』
注目すべきはまだまだある。2020年より新たに開設されたシリーズ、DTMトロフィーも見逃せない。
DTMトロフィーとは簡単に説明すれば、若手ドライバー向けのレースだ。本家DTMへの登竜門といってもよいだろう。
DTM同様ドイツ・ヨーロッパ各地を転戦し、シリーズランキングを争う。見事シリーズチャンピオンになったドライバーには賞金とDTMドライバーテストの資格が与えられる。つまりシリーズ王者になれば強豪ひしめくDTMへの道が開けるということだ。
レースはGT4規格の車両を用いてレースを行う。GT4規格車両もGT3同様にラインナップが多く、日本メーカーからはトヨタ GRスープラがシリーズ参戦している。またGT3よりも改造範囲が狭いため、よりドライバーの腕が試されやすい。
基本的にレースはステージごとに2度を行う。具体的には『予選Q1⇒レース1回戦⇒予選Q2⇒レース2回戦』という順番だ。予選は20分、レースは30分+1lapで行われる。ローリングスタート方式で2列に隊列を組んでスタートする。
SUPER GTなどと同じくハンデはサクセスウェイト制。前回レースでの順位に応じてハンデが課される仕組み。前回レースでの順位が1位は25kg、2位が18kg、3位が15kgのハンデを課されることになる。なおハンデの適用は累計ではなく、前回レース分のみ。
ポイント形式は予選と決勝レース両方でポイントゲットのチャンスがある。予選1位には3pt、2位には2pt、3位には1pt与えられる。決勝レースは1位が25pt、2位が18pt、3位が15pt、4位が12pt、5位が10pt・・・と10位までがポイントゲットの範囲だ。
ドライバーはF1同様、1人1台制。予選・決勝レースすべてのステージを1人でドライブすることになる。
タイヤは全車ハンコックタイヤを使用する。
DTMトロフィーの盛り上がり
事実上DTMの前座レースという位置づけになっているが、2020年は初年度としては好調な滑り出しを見せたといっていい。
改造範囲の狭いGT4車両はドライバーの腕とベース車の素性の良さが試される。わずか30分あまりで繰り広げられるスプリントレースは展開も早く、観客を飽きさせない見ごたえ十分のレースだった。
2020年のリザルトは、メルセデス AMG GT4に乗るティム・ハイネマンが、チームメイトのジャン・キシェルに100pt以上差をつけて圧勝するシーズンとなった。メルセデス AMGのポテンシャルの高さとハイネマンの腕が証明された1年だった。
2021年はチャンピオンのハイネマンが新加入アストンマーティンへ電撃移籍。
これで2021年のDTMトロフィーはアストンマーティン、アウディ、BMW、KTM、メルセデスAMG、ポルシェ、トヨタの7メーカーで競われることになった。
GT4車両は他にもまだまだ多数のメーカーが製品ラインナップに持っているだけに、さらなる新興勢力の出現も期待される。いつか日本vsアメリカvsヨーロッパの世界大戦抗争が見られるかもしれない。
【2021年DTMトロフィー参戦車両一覧】
アストンマーティン:アストンマーティン バンテージ AMR GT4
アウディ:アウディ R8 LMS GT4 Evo
BMW:BMW M4 GT4
KTM:KTM クロスボウ GT4
メルセデス-AMG:メルセデス-AMG GT4
ポルシェ:ポルシェ ケイマン PRO4 GT4
トヨタ:トヨタ GRスープラ GT4
進化するDTM。さらに新シリーズが追加予定
DTMの運営団体ITR e.V代表ゲルハルト・ベルガーの発表によると、DTMには今後さらに3つの新カテゴリーが誕生するとのことだ。
ひとつめは完全電動レーシングカーによるレース。欧州では2035年までにガソリン自動車の販売禁止が明言されており、各メーカーPHEV車・EV車の開発が盛んだ。フォーミュラEが開催されるなど、脱ガソリンの波はサーキットシーンまで押し寄せている。2023年までの開催を目指すとの事だ。
ふたつめはクラシックDTM。過去のDTMで活躍した車両を用いて行われるレースであり、古き良き時代の英雄たちがサーキットにカムバックすることになる。ベンツ 190E EvoやBMW M3などあの頃の伝説が戻ってくるのだ。これはもう楽しみでしかない。
みっつめはDTM eスポーツ。各国で盛り上がりを見せるeスポーツを取り入れた全く新しいレースとなる予定。モータースポーツ業界ではコンピュータ・ゲームを使ってドライビングを磨く習慣が定着しており、その繋がりは深い。現段階では想像もつかないだけに楽しみなトピックだ。
相次ぐメーカーの撤退で存続すら危ぶまれたDTM。
今、前代未聞の大変革を遂げて進化しようとしている。
昔のような日本車vs外国車のデッドヒートが見られる日を心待ちにしたいものだ。
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